10年前のクリスマスの思い出

「10年前のクリスマスの思い出」 by 菊澤

三木基司

三木 基司

10年前のクリスマス…覚えていません。

ただ2006年は記憶に残る年でした。兵庫国体がホースランドで開催された年です。
明石乗馬協会からは、わたしと千古さん、高校2年生の翔一朗さんが出場し、それぞれが兵庫県馬術競技の総合優勝に貢献した大会でした。
則夫理事長は強化委員長として10年近く運営に尽力されていました。

「もし総合優勝できなかったら、あなたはどう責任をとられるおつもりですか?」県馬連理事会の席で、そんな理不尽なことを言ってきた役員がいました。
横にいた私はイラッとしましたが則夫さんは冷静でした。

2006年クリスマス…は、使命を全うした則夫さんとARA出場メンバー3人のホッとした気持ちの中で迎えたものだと思います。

そして2006年は私の母が亡くなった年です。前日まで元気だった母が半日で天国へ旅立ったことはショックでした。わたしにとっては50年ちょっとのかかわりでした。
「運命は最初から決まっていたんじゃないか…。」そう思いました。生まれた時から50年の期限でサポートしてくれた…。そんな気がします。

この時から涙もろくなりました。もう簡単に泣けます。そして急に白髪が増えてきました。10年経った今年は禿げてきています。

2006年は、それがすべてです。クリスマス…よく覚えていません。

千古七瀬

千古 七瀬

10年前のクリスマス…、覚えてません(笑) 

ARAスタッフのクリスマスは24日とか25日ではなく、ARAクリスマスパーティーなので(笑)クリパが終わると燃え尽きて、24日のクリスマスなんかはどうでもよくなっているはずです(笑)

データで記録をたどると…10年前のクリパの余興は吉本の「Re JAPAN 明日があるさ」を大勢のスタッフで熱唱していたようです。

その後は「Smapの世界に一つだけの花」「小出さんのゴールドフィンガー(郷ひろみ)」「フィンガー5の学園天国」「ラッツ&スターのめ組のひと」「EXILEのChooChooTRAIN」「AKBのフォーチュンクッキー」「よさこい」と続き、今年は「パーフェクトヒューマン」で本宮さんが余興デビューを果たしました(笑) 来年は何をしましょうか?そろそろ決めて行こうかと思ってます。乞うご期待★

溝口豊

溝口 豊

単純に今の年齢マイナス10歳、2006年のクリスマスは何をしていたかわかりません。
たぶんケーキを食べていたんだろう。 カラオケでクリスマスソングを歌っていたのかもしれない。
ただ30代に入ってからはそういったイベントはあまり行っていなかったように思います。

小出謙介

小出 謙介

10年前のクリスマスは何してたんでしょうか…?はっきり言って思い出せません(苦笑)
もう明石乗馬協会に入社していたので、馬に乗ってレッスンしていたのでしょう。
う~ん、思い出せない(笑)

本宮範子

本宮 範子

10年前ってどの記憶なんだ…思い出すのが大変でしたが、「粉雪」が流行った年だったみたいなので思い出しました。
一番大事な思い出なので、自分の中にしまっておきたいです。
ごめんなさーい。
ふふふ…若かったなーという感じでしょうか(笑)

今川雄貴

今川 雄貴

10年前のクリスマスの思い出?
何してたやろ・・・。
10年前と言えば16歳。
一番遊びまくってた時期ですね。
全然覚えてない・・・。
おそらくアホなことをしてたのは
間違いない!!笑

寺田友和

寺田 友和

10年前…17歳…淡いクリスマス。笑
17歳ってことは高校生でしょ?淡い…イヤ…甘酸っぱいクリスマスだったはずです。笑
昔から『クリスマス』だからといってパーティーをするわけでも、親からプレゼントをもらうわけでもなかったので
あまり印象に残っている出来事がありません。
ということで、17歳のクリスマスも大したことがなかったはずです。

岩島清志

岩島 清志

10年前なら埼玉県にいたので、寒い冬を満喫していたと思います。
凍結対策、雪対策と大変な時期なので、あまり良い思い出が無さそう。

宮川ゆりか

宮川ゆりか

10年前といえば11歳、小学5年生ぐらいでしょうか?
すみません、まったく記憶にありません。
それぐらいの年にはサンタさんの正体には気付いていましたが、
いつも朝起きたら枕元にプレゼントを置いてくれていたように思います。
正体に気付くまでは、手紙も書いてお菓子も用意して寝るときに枕元に置いてました。
朝起きたら手紙もお菓子もなくなって、かわりにプレゼントと手紙の返事がありました。
後から思いますが、クリスマスは両親に感謝しかありません!

菊澤大助

菊澤 大助

10年前はまだオーストラリアから日本に帰ってきて数年だったので、日本的なクリスマスになじみ始めたころでした。
オーストラリアのクリスマスは南半球の為夏だったということもあり全く気分が盛り上がらないシーズンでした。
特に熱心なクリスチャンでなければ、夏の祝日、という感じでしょうか。
日本に帰ってきて、クリスマスはやっぱり冬だよな!としみじみ思いながら娘とクリスマスケーキ作りに挑戦していたのを覚えています。

三木翔一朗

三木 翔一朗

10年前ということは17歳で高校2年生の時ですね。
18歳のクリスマスはイベントがあったのでよく覚えていますが17歳の時は何もなかった気がします。
クリスマスなのでチキンを夕食で食べてケーキを食べたような気がします。
小さい子どもがいれば盛大にクリスマスは祝うかもしれませんが大きくなるとそこまで祝うようなイベントでもなくなりました。

次回は「正月の過ごし方」by 本宮からです。
過去のインストラクターに聞きましたはコチラからご覧下さい。




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