初めての競技会のエピソード

三木基司

私は、1976年…夏の終わりから馬を習い始めました。最初の3日間だけ則夫理事長に指導を受け…その後は、薫さんに教えてもらいました。馬は、薫さんのスーパーホー
ス「ピーターパン」。障害MCクラスから馬場までこなし、とにかく大人しい。こんな安全な馬はいませんでした。
10月になるとピーターで明石乗馬協会の部内大会で60cm障害まで出させてもらいました。11月になると山陽乗馬センターから父の愛馬「陽統」が入厩してきたので、薫さんとピーターとは、お別れになりました。
陽統で、トレーニングを積んだ後、翌年1977年1月上旬 兵庫県民新春馬術大会(於阪神競馬場・乗馬センター)に出場したので…これが初めての競技会になります。
出場種目は80cmと1mでした。陽統は、障害を見せると自分から向かって行って飛ぶので…楽と言えば楽なのですが…飛ぶ順番でない障害に向けない事が、何より注意点でした。違う障害を飛んでしまうと失権になるので…。
陽統は自分から走っていくので、広い阪神乗馬センターの馬場で初心者のわたしには、大変でした。
1月の寒い時期だったので、防寒着としてオレンジ色のアディダスジャンパーを上から着ていたのですが…初心者で極度の緊張からジャンパーを脱ぐのを忘れて入場してしまいました。審判塔から、何か放送されていましたが、それを聞ける余裕もなくベルが鳴ったのでスタートしてゴールしてしまいました。
役員席にいた父親は、馬場まで降りてくると「恥ずかしいことをするな。」と怒鳴っていました。馬付きをしていた高校生の女の子もとばっちりをくって怒られていまし
た。「そばについていながら、何をしとるんや。」当時、陽統に乗って活躍していた彼女は今、毎週日曜日スタッフとして活動している平野さんです。
それが初日の土曜日でしたが、翌日も同じ2種目。1m障害に出場した時には、いよいよ陽統のエンジンがかかってしまいゴールを切った後、止まらなくなってしまいまし
た。広い阪神の馬場を約1周ほどしたところで、応援に来ていた叔父さん(三木康敬さんのお父様)の「しっかり乗れ。」の大きな声で、我に帰り…何とか止まることが
出来た次第です。
なので初めての競技会は、記憶に強く残ることになりました。

溝口豊

初めての競技会は、高校1年生の4月から馬を初めて10月でした。
S乗馬クラブの運動会に出場、ミニクロスの入ったジムカーナ8月頃に速歩が少し出来るようになり、9月から駈歩の単独練習が始まった翌月の事で、
コースはすべて速歩で回りましたが、ミニクロスを飛んだ後に、落ちそうな状況で、正面の仕切り柵の前手で、ゆっくり馬が止まり、助かったという事を、覚えています。

本宮範子

初競技会は馬場でした。
内容は今の2課目Bくらいの内容のものでした。
前日まで該当馬@ベテラン馬でしたが、気難しく、
1年生の私には舐められて常歩⇒駈歩発進ができず。
発進⇒跳ねる(馬怒る)⇒落ちるのくり返しでした。
8割以上できてなかったので、落ちる覚悟のあきらめ当日。

何故か知りませんが、本番はうまくいきました。
そしてこの日から駈歩発進の感覚がどの馬でも分かるようになりました。
馬に特訓されて(笑)馬に教わった大切な感覚は今も健在です。

岩島清志

部内競技はどれが初めてかは覚えていません。外の競技会は埼玉県民馬術大会のクロス障害です。
部内競技で100cmは飛んでいたので、クロス障害は特に緊張せず飛んで優勝しました。
埼玉県は競技場が無いので、他の乗馬クラブに行って、仮説厩舎も無く、空き地に屋根も無い仮説の繋ぎ場に馬を1日中繋いでいました。
だから日帰りです。雨が降ったらブルーシート持参でブルーシートを上に張ります。
今考えると、なかなか過酷な競技会でしたね。
三木ホースランドで競技ができる方は幸せですよ!

菊澤大助

・・・

三木翔一朗

記憶に全くありません…
初めての競技会は三木ホースランドパークでの明石の部内戦だったような話を前に聞きましたが?
家にある写真は三木のインドアでゲリュロンというポニーに正装で乗っているシーンですがそれがデビュー戦かも分かりません。
子どもの頃は言われるがままにやっていたこともあり、どんな結果だったのかも記憶には残っていません。

小出謙介

初めて競技会に出たのは30年前の「静岡県民大会」で「ラファイエル」という馬で80cmに出ました。
結果は減点0でリボンをもらったと思います。当時は自分が所属しているクラブだけで馬を13〜15頭持って行っていたので、とにかく忙しくて忙しくて…緊張とかしている暇はなかったです(笑)まさかあれから30年たった今でもこの仕事を続けていられるとは思ってもみませんでした。

中尾 麻美

初めての馬場の競技会は練習馬場が大雨でした…。
人も馬もめちゃくちゃずぶ濡れになりました。
おかげさまで全く緊張しませんでした。
が、「いつもより軽く動いてラクやーん」と油断していたら色々とポイントを外してしまいました。
でも楽しかったです。

清水綾菜

グルームで海外に行った時、独特のクリッピングやブラシでの模様を書く技術を習ったのが印象的です。
全く、現在、役立ててあげれていないのが残念です。

宮内隆佑

・・・

内藤久美子

初めての…が思い出せず、致し方ないので過去の競技会(いつのかは不明💧‬)のエピソードです。
昔は阪神競馬場で乗っており、私の在籍していた時代は対外競技もあまりなかったのですが、ある時三木ホースランドパークでの競技会に参加させてもらった時のことです。
馬を連れて行って、外来厩舎に荷物を運んで…その後、ひとり、迷子になりました(笑)
その時はジュニアだったので許されていたかもですが、実は現在も三木の外来厩舎は苦手です。(自分の現在地を見失うため)

大里あかり

私の初めての競技会は高校インターハイ全国大会の団体戦でした。
馬術を始めてまだ4か月くらいの時でしたが、たくさんの観客と初めてという緊張でもちろん落馬に終わりました(笑)
かなり恥ずかしかったです。ですが、その時に乗ったクリスピーという名前は一生忘れません。

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