賢いなと思った馬のエピソード
三木基司

わたしが上達する中で、お世話になった馬は…みんな賢かったです。1976年、夏からお世話になったピーターパンは、初心者だった私にとって最高の馬でした。障害120cmクラスと馬場をこなし、とてもおとなしくて反応が良い…軽い馬でした。ピーターのオーナーだった薫さんは、とても可愛がっていて…出来る事なら同じ馬房で、いっしょに寝たいと言っていました。下敷きになったり、踏まれたら大変だと思いましたが、それくらい大人しくて賢い馬だったんでしょう。
1976年暮れから、、お世話になった陽統は、すでに国体出場経験があり百戦錬磨のスーパーホースでした。何がすごいって…馬を習い始めて1年足らずの私を鞍上に140cmの国体予選のコースをほぼ無過失?でゴールするのですから今から思うと神がかっていました。陽統に乗って活躍していた父は「陽統は、しっかり乗りこなせたら大障害いけるぞ。」と言っていました。「いや、アングロアラブの国産馬で大障害は無理でしょ?」と内心は思っていたのですが、その2年後1979年の国体予選では6段飛越で160cmをクリアラウンドしたので、父の言っていることが分かった気がしました。要は自分がいかに未熟だったかということです。
1977年秋から、かかわったリップ・バン・ウィンクルは国産サラの新馬でしたが非凡な能力を持っていました。障害を飛ばせると、しっかり後駆に乗せてジャンプするバネを感じさせる飛越。馬場では真直性があり、我慢強い性格。翌年1978年1月の県民大会では新馬障害で優勝、新馬馬場で優勝。圧倒的な将来性を感じさせるデビューでした。山陽乗馬センター代表の加藤さんは、その素材の良さに嫉妬したのでしょう。
わたしのところに来て「この馬は、お前達のような素人が触れる馬じゃない。プロが触る馬だ。」と言って立ち去っていきました。逆にそう言われたことが嬉しかったです。ただ残念ながらウィンクルは、その後オーナーが専修大学の星子先生に預け、長く専修大学の馬場馬として全日本学生等で活躍していました。明石乗馬にいる時は140cmクラスの障害も余裕で飛んでいたので…さすがに残念でした。
この後は大障害馬「浜の王者」「舞剣」そして中障害馬「ビアンカ」「陽峰」と行きたいところですが、今回はここまで。
溝口豊

賢い馬は、映画ブラックビューティーに出てくるポニーのメリーレックスです。
乱暴に乗る子供にはお仕置きをして、その後に脱走、厩舎に戻り他の馬房の扉を開け、自分は何事もなかったように
自分の馬房に戻っていました。
本宮範子

第3位 帰巣本能
学生の頃、週1回神社まで歩いておつとめに出ていた神馬。
ある日、帰り道で先輩を振り落としてしまったらしく、
馬だけさっさと迷うことなく厩舎に帰ってきた。
第2位 どうする?
放牧中、すごく狭いゾーンに入ってしまって反対を向けなくなった馬。
どうするのかな?と思って見ていたら、そのすごく狭くて長~い距離を
あせることなく、困った風でもなく、後ろを見ることもなく、
ゆっくりゆっくり全部バックしていった姿。
第1位 はやはりこれ↓
馬場の経路途中、「停止5秒」をすっかり忘れていた私をよそに、
ピッタリA点の横で、停止5秒を自分で判断した馬。
場所もすごいですが、5秒間の時間間隔もすごいと思いました。
岩島清志

私が初めて駈歩をした馬で、その後、私の初担当馬になった馬です。
速歩と駈歩の達人でした。特に駈歩は、脚を引いたら誰でも発進できるほど上手で、リズムも一定、反動も柔らかかったので、誰でも安心して駈歩ができました。
この馬がいれば、馬に乗ったことがない人でも、調馬策ならすぐに駈歩を体験できますし、最後には手綱なしで駈歩をさせる自信があります。
馬場も障害もスーパーな馬でしたが、雨が降ると首を巻き込んで前足の間に入れ、そのまま動かなくなるので、雨の日は乗れませんでした(笑)。
スタッフが乗っても動きませんので、雨の日はお休みです。
騎乗していて頭が下がってくると、「そろそろ雨が降ってくるな」と教えてくれるような馬でした。
この馬のお爺ちゃんはヒンドスタンで、シンザンと同じ血統です。
菊澤大助

まだ駆け出しだった頃、親方には内緒で、一頭の馬に「お座り」を教えようと挑戦したことがありました。
いろいろとややこしい話になるので、そのことは私とその馬だけの秘密です。
やがて私はその牧場を離れました。つまり、その馬に「お座り」をさせる人は誰もいなくなったのです。
それから10年以上が経ちました。
ある日、久しぶりにその牧場を訪ねると、驚いたことにその馬はまだ現役で頑張っていました。
オーナーに事情を話し、「一度だけ試してみてもいいですか」と許可をいただきました。
正直なところ、自信はありませんでした。
10年以上もの間、誰一人としてその馬にお座りを求めていないはずです。そんな昔のことを覚えているだろうか――。
そう思いながら、かつてと同じ合図を送りました。
すると、その馬は一瞬の迷いもなく、当たり前のようにストンとお座りを決めてくれたのです。
あの瞬間のことは今でも忘れられません。
「覚えていてくれたんだ。」
そう思った途端、涙が止まりませんでした。
三木翔一朗

どの馬がではなくて馬はみんな賢いと思いました。
若い馬を触っていると、どの子も素直にどんどんと吸収してくれます。
賢くない=物覚えが悪いという考え方が多いと思いますが、物覚えが悪いのではなく人のことを受け入れたくない。が原因の馬もいると感じます。
もちろん個体差があるので単純に中々覚えない馬もいるとは思いますが、大半の馬は十分に賢いと思っています。
特に賢い馬は…思いつきませんね。
小出謙介

最初に勤めたクラブで、馬の踵を噛む犬がいました。放牧されて木陰で休んでいる馬に背後からそっと忍びより踵をガブッと噛んで驚かしていました。
ある日、「ダイヤモンドBパナマ」という馬が放牧されていて、犬がパナマの踵を噛もうと背後から忍び寄ってきた時にいきなりパナマが振り向きざまに犬に向かって前肢を振りおろし犬の額に
直撃!それまで犬に気付かないふりを悟られていなかったパナマは凄い賢い馬でした。
中尾 麻美

プリンちゃんはとっても記憶力が良いです。
厩舎の通路に「昨日まではなかったもの」が置いてあるとすぐに気が付いて警戒モードになります。
金曜11時の障害レッスンが終わり、馬場の片づけをしていると大声で鳴き始め「放牧場に連れてってー!!」と訴えてきます。
藁火と2頭でフリーランをすると、藁火の後ろに隠れて走るのをサボったり反転したりします。
おやつ係こと小出さんの姿が見えると小さく鼻を鳴らして呼びつけようとします。
ただの怖がりなぽっちゃりポニーかと思いきや、結構冷静で図々しいところもある賢くてかわいいポニーです!
清水綾菜

今思えば、馬の足元で遊んでいても踏まれなかったので、あの馬はよく見てくれていたんだな、落ち着いていて賢い子だったんだなと感じる過去の子が懐かしい
宮内隆佑

学生の頃に担当していた馬でミナオーはとにかく賢かったです。
何度か話題に上げたことがありますが、凶暴で陽くらい大きな子でした。
4歳でしたが、馬場の2課目の経路も覚えているような頭の良さがあり特に賢いと感じたのがだいたい襲い掛かって来るミナオーが私の右手が骨折してる時期があり休まずにしばらく掃除や引馬をしていた時には大人しくしていました。
気を使ってくれているようで賢い子だなと感じました。
村岡七海

今までで賢いと思った馬は長月です。
特に調馬索を覚える能力が早かったな~という印象でした。
酒井楓海

馬の仕事をし始めて、まる1年経ちました。
初めて持った担当馬で陽花がいたのですがまぁ賢くてめちゃくちゃ勉強させられました笑
調馬策した時なのですが、私は初心者で立ち位置や追い鞭の使い方もおぼつかない中「貴方、そのヒモ持っておきなさい。私走るから。」みたいな感じで速歩、駈歩をひとしきりしたらスッ…と静かに真ん中に戻ってくる、といった風に自分で覚えて動くもので、陽花ちゃんに教わりました🤣
私にとって一番の大先生で素晴らしく賢い子でした!




