平成の思い出

三木基司

平成は1989年1月8日から2019年4月30日の30年間になります。当時のわたしは33歳で…今現在63です。
昭和も激動でしたが…振り返ると平成も激動でした。
元年、長男が生まれ…翌年、義母が他界。H6年9月…15年務めた某洋菓子メーカーを退職。10月~外資系保険会社に転職。4ヶ月後、阪神大震災に遭遇。震災の翌日、交通網が遮断された状態で、淡路から関空に行き…オーストラリアに到着。
オーストラリアのトップライダー、ビッキーの指導を1週間受けた後、国際競技に出場。貴重な経験をしました。
保険会社のあとは現在の明石乗馬協会です。ここが一番長くなりました。
結局、平成では両親と義理の両親が他界しました。
一番楽しかったことは昭和でした。なのでやっぱり自分は昭和の人なんだと思います。
さて自分もひょっとしたら平成で「あの世」かなとイメージしていましたが…このままいくと生きて令和に突入しそうです。
あと2日で平成は終わります。

千古七瀬

平成の思い出といっても30年間ですから、思い出があり過ぎです(笑)
無くてはならない平成中の出来事 というか変化は携帯電話の普及→からのスマートフォンの普及ですかね。
今やこれなくては、ひっくり返された亀みたいなもので何もできないです(笑)
あとはケガかな。あんな長期間 仕事を休んだのは人生初です。だし、痛い思いをしたのも人生初です。
まだまだ思い出はありますが、このへんで。

溝口豊

平成の思い出、昭和に生まれて平成を生き抜きました。
子供の頃に、急に平成になったように思います。
昭和64年があっという間に終わってしまいました。
昭和64年のお金が、価値があるとかないとか・・・
平成31年のお金の価値は上がるのでしょうか・・・
気がつけば30年ですね時代の流れが速いですね。
平成でやり残した事は、令和でするとして今度は令和を生き抜く事にします。

本宮範子


平成の30年間を振り返ると、世の中では、アメリカの同時多発テロ・貿易センタービル爆破事件など印象的なテロや事件の映像が心に残っています。
また、身近でおこった阪神・淡路大震災や、東日本大震災など、災害も多々あり、崩壊した街の映像を見ては泣いてしまった記憶があります。
東日本大震災の時、私は広島でその光景をテレビで見ていました。
広島は原爆で1度何もなくなってしまった焼け野原から、過去の光景が分からないくらい、今は活気のある街に再生していて、人の生きる力はすごいな…て思いながら日々をすごしていました。
神戸のルミナリエに行っても、当時の状況から悲しみを乗り越えてこんなに神戸の街が復興できたということに感動して毎回涙がでます。
30年間を振り返ると、私個人も色々なことがあり、苦労もしましたが、
数々の災害や悲しい事故を乗り越えてきた「再生した街」に暮らしてきて、生きていれば、誰かと一緒に協力し合えれば、どんなにつらいことがあっても誰もが再生できるし、痛みを知ることは優しさになり、強さになる。
そんな風に思いながら過ごしてきたかな…というのが平成の思い出です。
そしてちょうどこの30年間は馬と共にあったともいえます。
馬と一緒にいることは、癒し以上に人生の学びになることが多いと思います(^^♪

岩島清志


昭和は学生、平成から社会人という感じです。
もともと理系ですので、コンピュータの進歩が凄すぎでした。
といっても、昭和の方が発明という点では平成を凌駕していると思います。
昭和を語ると半端なくなりそうなので、今回は平成ということで語ります。
昭和ではPC98という日本電気が日本のパソコン業界を牛耳ってきましたが、平成になってIBMのDOS/Vという互換パソコンが進出して日本電気のシェアを食いつぶし、さらにビルゲイルがウインドウズを出し、アップルとの差を無くそうとしてきました。
昭和の大型パソコンからダウンサイジングという言葉が使われネットワークに特化したワークステーションも出てきました。
スティーブジョブズは、iPODやitouchなど、想像できないものまで出してくるという始末です。
コンピュータ業界は、本当に変わりました。
ただ、根幹は変わっていないので、今だについていけます。
昭和63年の時の一般のハードディスクの容量は40Mバイトでした。
2Gバイトのハードディスクの値段は2000万円です。大きさも1m四方はあります。
今じゃ、100均で売ってそうなSDカード容量ですね。
あと、平成で実用化して、無くてはならないものがGPSではないでしようか?
ナビゲーションのおかげで、道に迷わなくなりましたが、迷う楽しさも無くなった感じもします。
平成最初では、GPSとマップがマッチングしていなかったので、道の無い所をポジショニングしたりすることが多く、誤差も多かったですね。
そこから加速度センサや速度センサーを組み合わせたりしたものですが、今やGPSだけでも素晴らしい精度です。
人工衛星も増え、GPSだけでなく、ロシアのグロナス、ヨーロッパのガリレオ、中国の北斗、そして日本の準天頂衛星ミチビキと凄いラインナップです。
このあたりを語ると止まらなくなるので、このへんで。

宮川ゆりか

平成に生まれて、平成の時代を23年生きましたが、長かったような、はやかったような…。
いろんな出来事がぎゅっとつまった平成でした。
平成で一番濃いかったときで言えば、高校時代でしょうか?
十代後半、動物とたわむれて友達とわいわいはしゃいで恋バナで盛り上がったり…。
ふと振り返ると、あの時にしかできないことがたくさんあったなと思います。
それだけに思い出もたくさん残っています。
令和も、たくさん楽しい思い出を残せるように今をおもいっきり楽しみたいと思います。

菊澤大助

平成は駆け抜けた!という感じですね。
成人してから30年余りが平成でした。
アメリカでカウボーイをしたり、日本の九州で馬のガイドをしたり結婚したり、出産があったり、アメリカの牧場の仕事をみつけたり
オーストラリアに呼ばれたり、いきなり全部うまくいかなくなって本に帰ってきたり、町工場で働きだしたり、めちゃくちゃ仕事が
上手くいったり、調子に乗ってその仕事をやめて馬の仕事に戻ったり娘が成人したり、そうか!令和は娘の時代なんですね。いま気が付きました。

三木翔一朗

私は平成元年生まれなので、「平成」は自分が生まれて生きてきた年でした。
自分の生まれた元号が終わったとなると寂しい気がします・・・
昭和の方もこんな感じだったのでしょうか?
「平成」は自分の生まれた元号なので、多くありすぎて選べないです!!

小出謙介

私にとって平成という時代は、尊敬する叔父が他界した事や
バブル経済の崩壊、東日本大震災等激動の時代だった印象が強いです。
でも一番印象深いのは、馬を職業に選んだことでしょうか。
昭和が終わるときはまだ中学生で、平成が始まってすぐに今の職業に就きました。
色々と苦難もありましたが、それ以上に楽しかったこともあり、馬という存在に心から感謝しています。令和に変わっても馬と一緒に生活できる時代が続くことを切に願います。

小林あすか

平成の思い出。23年分なので一番は選べないです。
沢山ありどれも大切な思い出ばかりで平成に生まれてよかったと思います。
令和では、どんな人に出会い、どんな影響を受けながら自分がどう過ごしていくのかがとても楽しみです。

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