自分のココが凄い

三木基司

三木 基司

人には、それぞれ生まれ持った才能というものがあります。

わたしの場合、乗馬に関して言うと、大した技術も経験もないのに「自分にはセンスがある…きっと上手くこなせる。」と自分に言い聞かせ乗り切るところがすごいと思います。
裏を返せば、何も理解していないのに、出来た気になっている愚か者という側面も否めませんが…。
1984年春、国産大障害馬「ミルキーウェイ号」(後の舞剣)が入厩しました。
当時、「浜の王者」は調子を崩しており則夫さんが再調教していました。
則夫さんは7月の兵庫県国体予選にこの2頭で臨む腹づもりでした。
それを聞いた私は舞剣号でのエントリ―は調整期間が短く、いきなりの国体予選は無謀に感じ、なんとか止めるよう説得しましたが…だめでした。故障明けで休ませていた青毛の舞剣は見た目にも元気なさそうで夏バテしているようにも見えました。
則夫さんの身を案じて言ったのですが、則夫さんの信念は揺るぎないものでした。
国体予選は県民大会の一発勝負。障害の高さは大障害で組まれていました。
当時の国体成年障害は140cmで組まれており、県予選も同じか、それ以上のボリウムで組まれていました。
3段コニャック障害や大きな幅の障害に物見し、ゴールを切る馬は、ほとんどありませんでした。
則夫さん騎乗「浜の王者」は復活よろしく2拒否しながらも最終レンガまでたどり着いたのですが惜しくも最後で力つきました。
一方、ヨレヨレに見えていた舞剣ですが障害に向かい出した瞬間、人が変わったかのように(この場合、馬が変わったかのように…という表現かも知れませんが…)猛々しく、鋭い眼光でボリウムのある障害をクリアしていくではありませんか。
各人馬が躊躇して拒否した迫力の3段コニャック障害も、ものともせず飛び越えていく姿は見ていて背筋がゾクゾクするものがありました。
舞剣が馬ではなく…龍にも見えた…そんな瞬間でした。
結果、ゴールを切った人馬は3頭。障害を無拒否の馬は舞剣1頭だけで成績もトップだったと思います。
ただ国体出場馬は県馬連への登録が半年以上前という基準を満たしておらず、残りの2頭が奈良国体代表に選ばれていました。
一仕事を終えた則夫さんは、舞剣の担当をわたしに振ってきました。病気で何年かブランクのあった私をもう一度ひのき舞台へ…という思惑だったのかもしれません。
翌1985年から私と舞剣のコンビは順調に大障害の公式競技を勝ち上がっていきます。
近畿大会、西日本、全日本。
また兵庫県代表を決める鳥取国体予選でも結果を出し、代表に決まり出場しています。
ただ大障害の経験は、この年の近畿大会が初めてで、内心パニック状態で試合に臨んでいました。ボリウムのある障害を飛んだ経験が圧倒的に少なかったと思います。
飛んでわかったことは、この高さと幅は馬が必死になって頑張ってクリアできる限界に近いということです。飛ぶときに舞剣はうなっていますから。
オクサーの頂点では背中をそらせ奥のバーを越えるまで、肢を引き付けている滞空時間を長く感じるくらいです。
それだけにジャンプした時の醍醐味は筆舌に尽くし難いものがあります。めちゃくちゃ面白いです。(怖いけど面白い。)
大阪乗馬協会で行われた西日本の大障害選手権は第1障害こそ130cmの段違いオクサーでしたが、後は140~150cmばかり。途中のダブル障害が150cm垂直リバプールと150cm垂直リバプールのコンビネーション。
経験したことのないボリウムと形状に軽くパニック状態でしたが、馬がスーパー「舞剣」。たんたんとクリアしていました。
阪神乗馬センターで開催された全日本ではバンケットの飛び乗り、飛び降りがコースにありました。
これまでバンケットの経験は片手ほどしかなく…そのどれもが満足のいくものではありませんでした。ほとんど気合だけでやっていた感じです。
ところが今は全日本の大障害。そんな人馬は1人もいません。付け焼刃ですが現場でそのテクニックを盗んでまねすることにしました。
参考にしたのは小畑隆一&ザ・キング、戸村崇&パープレックス、陶器修一&ラムロッド、小畑隆一&ゼイン…。
どの人馬もスピード、ペースを変えずに堂々とアプローチ。徐々に軽く前傾し、飛び登り…バンケットの終わりでも軽く前傾し、そのまま何事もなかったかのように着地。次の障害へ進んでいました。

今までの自分の騎乗スタイル、フォームと全然違うものでしたが…トップライダーをまねるしかない…そう決断し走行に臨みました。
まさにぶっつけ本番でしたが、想像以上にうまくできました。あまりに上手くいったので思わずつぶやいていました。
「俺って、天才やなぁ。」
当時はそう思っていたのですが…今にして思うと…スーパーホース「舞剣」という大前提を抜きにしては語れません。
舞剣に感謝。
20年後、小畑さんと仲良くなって当時の話をしたら、苦笑いしていました。

千古七瀬

千古 七瀬

自分のすごいところ…って、自分で言うところが逆にスゴイ…と思ってしまいます…。
誰もが認める「体力」ですかね。今は自馬などの管理馬がありがたいことに多いので、朝の6時頃から乗り運動とレッスンで12時ぐらいまでは休憩なしの出ずっぱりです。「暑いな…」とは思いますが、「しんどくて無理…」となったことはないです。
小さい頃から運動をし続けてきたことと、中学校の運動部がかなりハードだったので、そこでしっかり根性&体力をつけてもらった感じです。
先日、明石市のトライやるウィークの終了の挨拶に、部活の顧問の先生がARAに来られているのを見かけたので、「ご無沙汰してます。千古です。」と声を掛けさせていただきました。「先生のおかげで根性入りました。」とは言えませんでした。。。(笑)

溝口豊

溝口 豊

早く寝る事です。(時々眠る事が出来ない事もあるが・・・)
ほとんど、昼寝をしようと思ったらすぐに眠ることができます。
疲れていたら誰でも直ぐに寝ることができると思いますが、
特に疲れていなくても寝ることができます。

本宮範子

本宮 範子

最近すごいと思うのは、休みの日にいくらでも寝ていられることです。
昔は何かしていないと時間がもったいない気がしていたのですが?
これを言うと、「歳をとったからだ」という人と、「まだ若いからだよ」という人とに年代によって分かれるのもなんだかオモシロイですが(笑)
私としては体が勝手に寝たがったり、その時不足しているものを食べたくなったりしている気がします…なんか野性的ですね(笑)

今川雄貴

今川 雄貴

障害飛ぶのが凄いです。

岩井佑介

岩井

自分のスゴイところ…
それは…
★人当たりが良いところ★かなと自分では思っています!
昔、アルバイトを探していた頃はだいたい面接は受かってました♪
スゴイというか自分の長所かなと思っています(^^♪

岩島清志

岩島清志

体が丈夫なことですね。
大学卒業して就職してから、今まで26年病欠というものがほとんどありません。
記憶に残っているのは2回かな。
もちろん学生の頃も病気で休むということは、ほぼ皆無でした。
家族全員がインフルエンザにかかっても、かかりません。
暑さに強く夏バテ経験0、寒さも強く霜焼けも0で、あだ名がターミネータとかロボコップと呼ばれています。
今川さんからはガンダムと呼ばれています。(笑)
体力も年々上昇中で、いつかトライアスロンを目指すんじゃないかと感じています。

宮川ゆりか

宮川ゆりか

自分のすごいところは、指の第一関節が柔らかい!
というしょーもないところです(笑)
おかげで今まで突き指したことがありません。
自慢するときもありませんが、自分のなかでの特技です♪

菊澤大助

菊澤 大助

皆さん!今回のお題は「自分のココが凄い!」だそうです。
このお題、私だけニュアンスが違うことになるんですよね!そう。
つまり私の場合「自分の(担当馬)ココが凄い!」となります。
いやまあ凄い!凄すぎる!! あなた、ココの凄さと言えば沢山ありますが、多くはブログや馬紹介でお知らせしているので今回はその中でもマイナーな特技「水道から水が飲める!」をご報告。
他の馬同様新しいものや怪しいものへの「ものみ」はするのですが、そこからの学習能力はすごいものがあります。
水道から水を直接飲むことをすぐに学習したのはココが初めてです。

三木翔一朗

三木 翔一朗

自分が勝手に思っているだけかもしれませんが、
気持ちが表情に表れにくいことです。
これは良くも悪くもです。
良いのは緊張していても分からないこと。
悪い意味では、昔は「怒ってますか?」とか(何も考えてなくて無表情の時に)とか、目が細いので「眠たいんですか?」とかよく言われました。

名田 伶実

名田伶実

自分のすごいところ…難しいですね!笑
しいていえば「どこでも寝れちゃうところ」です!
車も電車も寝れますし、家の脱衣所でもたまに寝ちゃいます(笑)
電車で寝て自分が降りるところを過ぎてしまいます。ちょっと直さないといけないですね~(^^;)
冬になったら風邪もひいちゃうのでしっかり布団の中で寝るようにします!笑

 

次回は、岩島からの出題で「この夏、楽しかったこと」です。お楽しみに!

過去のインストラクターに聞きましたはコチラからご覧下さい。




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